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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2484号 判決

控訴人 大日本興行株式会社

被控訴人 日活株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、被控訴代理人において、〈立証省略〉、控訴代理人において「(一)高橋達明、桑原正昭並びに瓦井孝房らは、昭和二十九年六月下旬高橋達明と控訴会社との間に成立した協定に基き、新たに就任すべき控訴会社の役員またはその従業員たる資格において本件貸事務室の使用を開始したものであつて、このことは、控訴会社は固より控訴会社の株主及び債権者においても諒解ずみであり、控訴会社は、右資格以外のいかなる個人または法人に対しても本件貸事務室を転貸したことなく、その占有を移転した事実もない。被控訴人主張の移転挨拶状の配布は、一部関係者が誤解してなしたものであつて、控訴会社の全然関知しないものであるから、かかる事実があるからといつて控訴会社が転貸したものとなすことはできない。そして控訴会社は、昭和二十九年八月二十四日の株主総会において前記協定のとおり桑原正昭を代表取締役に、瓦井孝房、原仁太郎及び島崎竜五郎を取締役に、岩橋清次を監査役に、それぞれ選任し、また高橋達明は顧問に就任し、旧役員は、代表取締役王文成が留任したほか、悉く辞任した次第である。(二)拳闘試合興行の事業は、控訴会社の主たる目的である貿易及び投資の事業達成のため附加せられたものであつて、控訴会社は、昭和三十年十二月十八日の株主総会において、正式に、(一)一般運動競技及び音楽舞踊その他の諸興行の経営、(二)映画の製作及び配給、映画上映館、興行場その他娯楽場、体育場の経営管理を目的として追加した。(三)桑原正昭が控訴会社の代表取締役として就任したことは、昭和二十九年九月三十日附書面をもつて被控訴人の承認を求めたほか、控訴会社の常務取締役であつた永松昇を通じしばしば被控訴人の承認を求めた。しかるに被控訴人は、何ら正当の事由がないのにかかわらずこれが承認をなさないのであつて、これをもつて本件賃貸借解除の理由となすことはできない。(四)控訴会社役員並びにその従業員において、被控訴人主張のように、日活国際会館内規程に違反した事実はない。」と補述し〈立証省略〉たほか、いずれも原判決の事実欄に記載したところと同一(但し右記載中河原井または河原井孝房とあるは、河原井孝房名義の移転挨拶状とあるくだり(原判決三枚目表四行目)を除き、いずれも瓦井または瓦井孝房の誤記であることが明らかであるので訂正する。)であるので、ここにこれを引用する。

理由

訴外株式会社日活国際会館が昭和二十七年十二月一日当時国際実業株式会社なる商号を使用していた控訴会社に対し、原判決添附目録記載の貸事務室第四百十九号室(以下これを本件貸事務室という。)を、期間同日より向う三年間、賃料は一月金十八万八千十円とし三年分合計金六百七十六万八千三百六十円前払の約で賃貸したこと、その後昭和二十八年八月一日被控訴会社において右訴外会社を吸収合併しよつて右賃貸借の貸主たる地位を承継したことは、当事者間に争のないところである。

被控訴人は、右賃貸借は、控訴会社の無断転貸または特約違背のかどにより適法に解除せられたと主張し、被控訴会社が控訴会社に対し、昭和二十九年七月十五日無断転貸を理由として右賃貸借解除の意思表示をなしたことは、控訴人の認めるところであり、また昭和二十九年十一月二十九日の原審口頭弁論期日において特約違背を理由として同様解除の意思表示をなしたことは、記録に徴し明らかであるので、以下順次右解除の当否について審究することとする。

訴外高橋達明、桑原正昭並びに瓦井孝房らが昭和二十九年七月上旬頃から本件貸事務室で事務をとつていて、控訴会社においてもこれを諒解していること、その頃日本興行株式会社代表取締役桑原正昭、同河原井孝房名義をもつて、また大豊鉱業株式会社代表取締役高橋達明名義をもつて、それぞれ本件貸事務室に移転した旨の挨拶状がその取引先に発せられたこと、並びに当時日本興行株式会社は成規の設立手続を経ていない架空の会社であつたが大豊鉱業株式会社は実在していて高橋達明はその取締役社長であつたことは、いずれも控訴人の認めるところであり、またその頃から控訴会社の役員並びに従前の社員、従業員は本件貸事務室に姿を見せず、新規の従業員が執務しており、その執務の模様も従前とちがつた風であつたことは、原審証人堀江米吉、小平勝士の証言を綜合して窺知することができるので、これらの事実を綜合するときは、一応控訴会社が昭和二十九年七月上旬頃本件貸事務室を日本興行株式会社の代表取締役と称する桑原正昭、同瓦井孝房並びに大豊鉱業株式会社に転貸した事実を認めるに足るようである。しかしながら、成立に争ない乙第一号証によれば、昭和二十九年七月十九日本件貸事務室に対する仮処分命令執行当時、大豊鉱業株式会社は本件貸事務室を占有していなかつた事実を認めることができるのみならず、(同号証には債務者日本興行株式会社の占拠の事実も認められない旨の記載があるが、同会社は前述したとおり架空の会社であり、その代表取締役と称する桑原正昭、同瓦井孝房の占有状況については格別言及してないので、この点については特にふれない。)原審並びに当審証人永松昇、原審証人伊美要、岩橋清次、当審証人円山英武、原仁太郎の証言を綜合するときは、高橋達明、桑原正昭並びに瓦井孝房らが本件貸事務室を使用するにいたつたのは、次の事情に基くものであつて、決して控訴会社から転貸を受けたことによるものでないことを認めることができる。すなわち、控訴会社は、元国際実業株式会社と称し、(イ)日用品雑貨、繊維製品、鉄銅製品、機械器具、化学製品、農水産物、林産物及び鉱山物並びにその加工品の販売及び輸出入業務、(ロ)他の事業に対する投資(ハ)前各号に附帯する一切の事業を目的とする株式会社であつて、(右事実は当事者間に争ない)外資特に在外華僑の遊休資金の導入とこれによる投資を計画し、これが達成のため種々奔走経営に努めていたが意図に任せず、業績不振を極め、昭和二十九年五月頃にはついに訴外尼崎製鋼株式会社に対する約金三千六百万円の債務を含めて総額金四、五千万円に及ぶ債務を負担するにいたつた。ところが一方大口債権者たる尼崎製鋼株式会社においても経営の破綻を来し、控訴会社に対する債権の取立に努めたものの、内金三百万円の弁済に代え控訴会社所有の什器備品等一切の所有権を取得したのみで容易にその方途もつかなかつたところ、大豊鉱業株式会社の取締役社長高橋達明から控訴会社の常務取締役永松昇に対し、控訴会社の経営に当りたい旨の申入があり、尼崎製鋼株式会社においてもこれを諒承し、さきに取得した什器器具等も改めて金三百万円をもつて大豊鉱業株式会社に譲渡したので、永松昇は控訴会社を代理して高橋達明と交渉した結果昭和二十九年六月下旬頃いよいよ高橋達明が控訴会社の経営にあたることに話がまとまり、旧役員は代表取締役王文成のみが留任して他は悉く退任すること、新役員は高橋達明の指名に一任すること、控訴会社の従来の目的事業のほか新たに桑原正昭瓦井孝房の従事していた拳闘試合興行を追加すること、商号を日本興行株式会社と変更すること、これらの法律上の手続は永松昇において遅滞なくこれをなすこと等の細目を決定し、これに基き高橋達明、桑原正昭及び瓦井孝房らは、昭和二十九年七月上旬頃から本件貸事務室において新規事業たる拳闘試合興行に関する事務その他をとるにいたつたが、これは固より控訴会社の事業として、その計算においてなしたものであつて、高橋達明ないし桑原正昭、瓦井孝房ら個人の事業としてなしたものでなかつた。また大豊鉱業株式会社は、その取締役社長高橋達明を通じて関係があつたのみで、同会社が控訴会社を経営するのでなく、また同会社が本件事務室の移転した事実もなかつた。

以上のとおり認められるのであつて、右事実関係よりするときは、本件貸事務室を占有使用しているのは、依然として控訴会社のみであつて、そこでとつている事務は従前のとおり控訴会社の事務であり、ただその事務の内容及び執務者が従前と異るにすぎないものと認めるを相当とすべく、これを目して控訴会社が本件貸事務室を高橋達明らに転貸したものとみるのは妥当でない。もつとも控訴会社がその商号を大日本興行株式会社と変更し、旧役員中代表取締役王文成のみ留任して他は退任し新役員として取締役桑原正昭、瓦井孝房、島崎竜五郎、監査役岩橋清次が就任した旨の登記がなされたのは昭和二十九年八月二十四日であつて、(右事実は当事者間に争ない。)本訴提起の時である同年七月二十二日からはるかにおくれていることは事実であるが、それだからといつて右は、転貸の事実をかくすため関係当事者が通謀してなした擬装ないし仮托行為であるとなすのはあまりにうがちすぎた見方であるのであつて、前段認定の事実が肯認される限り当審証人永松昇の供述するとおり、登記手続その他法律上の手続のおくれたのは、他に日本興行株式会社なる商号を使用していた会社があつたこと等によるもので、また前段認定の挨拶状が出されたのは、関係当事者の無智ないし誤解に基くものであつて、控訴会社の関知しないことであつたと認めるのが素直な見方であると思われる。要は現に本件貸事務室において事務をとつているものが控訴会社の役員、使用人またはこれに準ずべきものであるかどうか、その事務が控訴会社の事務であるかどうかによつて転貸かどうかが決せられるのであつて、なる程、高橋達明らが本件貸事務室の使用を開始した当時は同人らはまだ法律上控訴会社の役員ではなかつたのであるが、役員に予定されていたものであつて、少くとも事実上役員であるかまたは役員に準ぜられるものというを相当とすべく、他に高橋達明らの使用関係が転貸であることの的確な証拠はないのであるから、高橋達明らの使用関係が他の禁止特約にふれるかどうかは別として、少くとも無断転貸を理由として、被控訴人のなした本件賃貸借解除の意思表示はその効力を生ずるに由ないものといわなければならぬ。

次に特約違背を理由とする本件賃貸借解除の当否について判断する。

本件賃貸借契約において、(一)借主たる控訴会社は、本事務室を国際実業株式会社の名称により貿易及び投資を行う事務室以外の目的に使用することはできないこと。(契約書第五条)(二)控訴会社は、本件貸事務室の賃借権の譲渡、その全部または一部の転貸、他人を同居させること、自己の名義において他人に使用させること、その他営業譲渡、合併、相続等の事由により控訴会社の後継者になつた第三者に使用させることは、できないこと。(同第六条)(三)控訴会社は、その代表者(取締役、支店長その他名義のいかんにかかわらず法律上または事実上控訴会社を代表し本事務室を使用する者)を変更したときは、遅滞なく被控訴会社に届け出でその承認を受くべきこと、(同第七条)(四)控訴会社は、日活国際会館内規及び諸指示を遵守すること、(同第十三条)(五)控訴会社において右約定の一つにでも違背したときは、被控訴会社は、何ら催告を要せず本件賃貸借を解除することができること、(同第十五条)なる旨の特約の存したことは、当事者間に争ないところである。

控訴人は右(一)(三)の特約は例文であつて当事者はこれに拘束される意思はなかつた、と主張するけれども、例文であることを認めるに足る証拠もなく、またこれを例文と解すべき特段の事情もない。また本件のような貸事務室の賃貸借関係が、本来当事者間の信頼関係を基調とする継続的契約関係であつて、しかもその目的は多数貸事務室の存在する巨大なビル内の一室であり、それがため特に貸借当時の現状の保持が強く要求されることに思いをいたすときは、貸主が借主との間に右(一)(三)のような特約を結んだからといつて、これを目して借主の営業の自由ないし代表者変更の自由を侵害するものということもできない。ひつ竟これらの特約は当事者間に有効に存在し、その効力についても法律上何ら妨げないものというべきである。

しかして、控訴会社がその目的に拳闘試合興行の経営を追加し、本件貸事務室においてこれに関する事務をとつていること、並びに控訴会社の従前の役員は代表取締役王文成のみが留任したほか悉く退任し、新たに桑原正昭、瓦井孝房らが就任したことは、前認定のとおりであつて、現に本件貸事務室においてとられている事務は右拳闘試合興行に関する事務のみであつてその他の事務はとられず、控訴会社の従前の目的事業は事実上中止同様の状況にあること、並びに従前からの代表取締役王文成は昭和二十九年七月以降全然出勤せず、また社員、使用人も一新して新規の者のみが事務に従事していることは、控訴人の明らかに争わないところであるので、これらの点よりみるときは、控訴会社は、その法人格には変りはないが、実質的には前後別個の会社に改組されたものというべく、控訴会社がたといその追加目的事業であるとはいえ、被控訴会社の承諾をうることなくして本件貸事務室を拳闘試合興行に関する事務のため使用し、また昭和二十九年七月上旬頃から事実上控訴会社を代表して本件貸事務室を使用する者を桑原正昭及び瓦井孝房に変更しながら遅滞なくこれを被控訴会社に届け出てその承認を受けなかつたことは、明らかに前記(一)(三)の特約に違背するものというべきであつて、本件において控訴会社が右につき被控訴会社の承諾を得たことを認めるに足る証拠なく、(控訴人はむしろこれを明らかに争つていない。)控訴会社が昭和二十九年九月三十日附書面をもつて被控訴会社に対し役員変更の旨を通知したことは成立に争ない甲第九号証の一ないし三によりこれを認めることができるけれども、それだけではまだ右(三)の特約の趣旨に従つて遅滞なくなしたものということはできない。

控訴人は、(一)の特約違背の点につき、たとい事務の内容において異るところありとするも、その執務の態様、すなわち本件貸事務室使用の状況において何ら異るところなく、被控訴会社はこれにより何ら損害を被らないのであるから、このような場合には約定の解除権は発生しない、と主張するけれども、たといその執務の態様において変りなくひとしく事務用として本件貸事務室を使用しているとしても、貿易及び投資に関する事務と拳闘試合興行に関する事務とはいちぢるしくその内容を異にしているので、本件貸事務室の使用目的を貿易及び投資に関する事務に限定している以上、従来の使用目的をその儘廃止してはいないからといつて、(しかも事実上中止していることは前認定のとおりである。)新規事業たる拳闘試合興行に関する事務をとるため本件貸事務室を使用することは右(一)の特約違背となり、被控訴会社は、前記(五)の特約により、これを理由として本件賃貸借を解除することができるものといわなければならぬ。もつとも右特約違背の所為が軽微であるような場合、たとえば従来許された目的のため本件貸事務室を使用するかたわら臨時に他の目的のためこれを使用したような場合、または貸主において何ら正当の理由なくして代表者の変更を承認しないような場合には、時として権利の乱用と目すべき場合もあるであろうが、本件において特に右特約違背を理由とする解除権の行使を権利の乱用であると認むべき特段の事由は存しない。

以上のとおりであつて、本件賃貸借は、被控訴会社が控訴会社の右(一)(三)の特約違背を理由として昭和二十九年十一月二十九日なした解除の意思表示により適法に解除されたものとなすべく、控訴会社は、右賃貸借終了による原状回復義務の履行として、被控訴会社に対し本件貸事務室を返還すべき義務あるものというべく、被控訴会社の本訴請求は正当として認容すべきである。従つて右と同趣旨の原判決は、理由は多少異るも結局正当であつて控訴人の控訴は理由がないので、民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 大江保直 草間英一 吉田豊)

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